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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1886号 判決

控訴人 両国企業株式会社

被控訴人 永長佐京

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに立証は、控訴代理人において、

一、被控訴人主張の公正証書の内容の如き代物弁済契約の成立を否認する。控訴会社の共同代表者であつた田島一郎及び須藤孝子は、控訴会社の希望するときは被控訴人は本件土地を代物弁済として取得することができる趣旨と誤信して、前記公正証書に署名捺印したものであるが、控訴会社の共同代表者の他の一人であつた近藤信子は、前記公正証書に署名捺印せず、訴外小野山樹子が近藤信子と称して前記公正証書にその氏名を記入しその印を押捺したものであるので、前記公正証書は無効であり、これによつて被控訴人主張の前記代物弁済が成立したものとはいえない。また、被控訴人主張の約束手形は控訴会社の共同代表者の一人であつた田島一郎が単独で被控訴人に裏書したものであるので、その裏書は効力なく、控訴会社は裏書人としての責任を負わない。

二、前記公正証書の内容の如く複雑なる契約は、契約書によらずしてこれを締結することは想像出来ないところであり、共同代表者によつて代表される会社が当事者である場合は殊にそうであるので、契約書のないときは、契約は成立しなかつたものとみるべきである。しかして、前記公正証書が、甲第十二号証の契約と同一内容の契約につき作成されたものであることは、被控訴人も認めるところであり、昭和二十八年十月二十八日仮登記がなされ甲第十一号証に登記原因として記載された昭和二十八年十月二十四日の代物弁済契約が、右甲第十二号証の契約と別個のものとは想像し得ないところであり、前記公正証書と甲第十二号証を対照するとその間に甚しい相違があり、後者は、控訴会社が被控訴人に対する両国興業株式会社の債務の担保に本件土地を提供し、債務不履行の結果これを代物弁済に供したときは換価金をもつて借用金に充当し、その剰余を控訴会社に返還すべきことを約定したものであるので、前記公正証書は、結局虚無の契約につき作成されたものというべきである。従つて、被控訴人主張の代物弁済契約には契約書が存在しないので、同契約は成立しなかつたものとみるべきである。

三、控訴会社の共同代表者であつた須藤孝子、近藤信子が共同代表者の他の一人であつた田島一郎に全権を委ねたことはない、仮りに、かような事実があつても、その委任は共同代表の精神に反し有効なる委任となるものでない。

と述べ、乙第一、二号証を提出し、乙第一号証は甲第十二号証と同一内容の文書であつて、その内容の契約締結の際に同時に作成され契約当事者においてそれぞれ所持しているものである、もつとも当事者の表示として乙第一号証には株式会社東京ホテル田島一郎とあり、甲第十二号証には株式会社田島一郎との記載がある、と述べ、なお当審における証人近藤信子同田島一郎の各証言を援用し、被控訴代理人において、当審における証人小野山樹子同中村能二の各証言を援用し、乙第一、二号証の成立を認め、なお乙第一号証と甲第十二号証に関する控訴人の主張事実を認める、甲第十二号証中当事者の表示として株式会社田島一郎とあるのは、株式会社東京ホテル田島一郎の誤記である、田島一郎は控訴会社を代表して右契約を締結する権限を有していたものである、と述べたほか、いずれも原判決の事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

理由

被控訴人が昭和二十九年八月二十三日控訴会社に対し代物弁済契約に基き控訴会社所有の東京都墨田区東両国三丁目二十一番地の四宅地百三十坪六合四勺につき所有権を取得する旨の意思表示を発し、その頃これが控訴会社に到達したことは当事者間に争のないところである。

よつて、被控訴人主張の代物弁済契約の成立につき案ずるに、昭和二十八年十一月十三日被控訴人主張の公正証書が作成され、右公正証書に被控訴人主張の如き代物弁済契約が記載されていることは当事者間に争のないところであるが、原審証人西村巖の証言及び当審証人小野山樹子の証言によれば、右公正証書作成の当時被控訴人及び近藤信子はいずれも公証役場に出頭せず、西村巖が被控訴人と称して右公正証書に署名捺印し、小野山樹子が近藤信子と称して右公正証書に署名捺印したことが明らかであるので、右公正証書は公正証書としてその効力を有しないことはいうまでもないところであり、また小野山樹子が近藤信子を代理して右公正証書記載の契約を締結する権限があつて同人に代わり右証書に署名捺印したものであることを認めるに足る証拠がないので右公正証書をもつて被控訴人と控訴会社の共同代表者であつた田島一郎、須藤孝子、近藤信子との間に右公正証書記載の代物弁済契約が締結されたことを認めるに由ない。成立に争のない甲第九号証と原審証人種岡巖の証言により成立を認め得る甲第十一号証と右証言によれば控訴会社の共同代表者であつた田島一郎、須藤孝子、近藤信子の委任状などにより昭和二十八年十月二十八日控訴会社所有の前記土地につき被控訴人のため根抵当権設定登記及び停止条件附代物弁済契約に基き所有権移転請求権保全の仮登記がなされたことを認め得べく、この事実と成立に争のない甲第二ないし第四号証の各一、二、同第十二号証乙第一号証と原審証人山内竜之助、同西村巖、同種岡巖の各証言当審証人中村能二、同小野山樹子の各証言によれば、控訴会社の共同代表者の一人であつた田島一郎は両国興業株式会社を設立し、同会社をして前記土地上に映画館を建築せしめこれを経営せしめんと企て、その資金として前記土地を担保に他から金借せんとし、昭和二十八年十月頃種岡巖、中村能二、山内竜之助、西村巖らを介して被控訴人に対し控訴会社に金員を貸与すべきことを申し込み、被控訴人との間に、控訴会社は前記土地に根抵当権を設定し金五百万円を借り受けること控訴会社が期限にこれを弁済しないときは被控訴人は前記土地を代物弁済として取得し得ることに一致し、同年十月二十二日この旨の契約書二通(甲第十二号証及び乙第一号証)を作成し控訴会社の代表者として田島一郎が、これに署名捺印したことこの契約が基本となつて一方前記公正証書が作成せられることとなり、他方右田島一郎は同人及び須藤孝子、近藤信子の委任状により昭和二十八年十月二十八日前記土地につき根抵当権設定登記及び停止条件附代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記を経てその頃被控訴人から手形割引により金四百七十万円の交付を受けたこと、須藤孝子は右貸借並びに代物弁済契約をほぼ諒承し、同年十一月十三日田島一郎とともに、右約定につき作成された前記公正証書に署名捺印したが、近藤信子は右貸借並びに代物弁済契約については聞知してはいたが、後記のように被控訴会社の対外的交渉及び内部の事務運営はあげて田島一郎に一任されて、近藤、須藤はほとんどこれに異議を止めなかつたこと、近藤は前記公正証書の作成に立会いこれに署名捺印するに至らず小野山樹子が近藤信子と称してこれに署名捺印したことを認めることができるが右以外に田島一郎、須藤孝子、近藤信子が控訴会社の共同代表者として被控訴人との間に前記土地につき代物弁済契約をなした事実を認める証拠がなく、前記甲第十一号証成立に争のない甲第一号証によれば、昭和二十八年十月二十四日代物弁済契約がなされたように見えるが、これを認めるに足る何らの証拠がない。当審並びに原審における証人近藤信子の証言中右認定と牴触する部分、原審における被告会社代表者田島一郎の尋問の結果中及び当審における証人田島一郎の証言中右認定と牴触する部分はいずれも前記証拠に照らし措信し難い。しかして、右認定の事実によれば、被控訴人は、控訴会社は田島一郎が代表するものであるとして同人との間に代物弁済契約などを締結したものとなすほかなく、須藤孝子、近藤信子は前記金員貸借代物弁済契約の事実を知りこれに異議がなかつたとは言え被控訴人との間の契約締結につき被控訴人に対し何らの意思表示をしなかつたものと認めるほかなく、しかして当時控訴会社においては右三名の代表取締役が共同して会社を代表すべきこと(いわゆる共同代表)の定めがあつたことは、成立に争のない乙第二号証により明らかであるので、前記代物弁済契約は控訴会社を代表する権限のないものによつて締結され控訴会社にその効力を及ぼすに由ないものというほかない。尤も、当審における証人小野山樹子、同中村能二、同近藤信子、同田島一郎の証言によれば、須藤孝子、近藤信子はともに田島一郎と特別の関係があり、控訴会社は田島一郎の個人会社の如き事情にあつて、万事同人の決するところとなつていたものであり対外的には田島が会社を代表し、内部の事務執行も田島のほとんど独裁するところであつて、須藤、近藤はわずかに事務補助者にすぎないかの観があつたことが認められるが、株式会社において共同代表の定めのある場合には代表取締役全員が共同してのみ代表機関を構成するのであつていわば会社代表権が数人に合有されているものであり、商法がかかる制度を認めているのは、これにより代表権の行使の慎重を期するとともに、代表取締役の相互の牽制によつて代表権の濫用を防止せんとするものであるから、共同代表取締役が他の共通代表取締役に対し自己の有する代表権の行使を委任することはもとより、特定の行為を委任して代理させることは共同代表の制度の目的と本質に反し法の認めざるところと解するのが相当であるが、仮りにこの見解と異る解釈の下にこのような委任もしくは代理が許されるとしても、上叙の事情及び前記認定の事実によつては須藤孝子、近藤信子がその権限の行使を、または前記代物弁済契約につき代理権を田島一郎に委任していたものと認めるに由なく、他にかような事実を認める証拠がないので、右田島一郎が須藤孝子、近藤信子を代理して前記代物弁済契約を締結したものと認めることはできない。

然らば、被控訴人主張の代物弁済契約はその成立を認め得ないので、その余の被控訴人の主張につき判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由のないものとして棄却するほかない。よつて、右と異る原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 猪俣幸一 脇屋寿夫)

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